選挙には行かないのに、なぜ人は神社に行くのか

神社の境内に向かって歩く若者たち。投票率が伸び悩む時代に、なぜ人は神社に向かうのかを考える記事のサムネイル画像。 番外編・考察

投票率が伸び悩む一方で、神社への参拝は今も続いています。

なぜ選挙に行かない人が、神社には行くのでしょうか。

この記事では、投票率と神社参拝という一見無関係な2つの数字を起点に、現代の社会不安の構造を考えてみます。

この記事でわかること

・投票率が伸び悩む時代に、神社参拝が続いている背景にあるもの
・人はなぜ、不安な時に祈りへ向かうのか
・神社が「安心できる場所」として選ばれる背景にあるもの


正月三が日だけで、全国で1億人近くが初詣に訪れると集計されていたことがあります(警察庁、2009年)。

2010年以降、警察庁はこの集計をやめています。ただ、数字が消えたからといって、人の流れが消えたわけではありません。

御朱印を集めて全国の神社を巡る人。パワースポットとして訪れる若い世代。コロナ禍が落ち着いてようやく参拝できるようになった人。インバウンドで神社を訪れる海外からの旅行者。

神社に向かう理由は、今も多様です。

一方で、2024年の衆議院議員総選挙の投票率は53.85%でした(総務省)。

有権者のおよそ半数が、選挙に行っていない計算になります。

投票率53.85%の投票所と約1億人が訪れる初詣の対比を示した図解画像。有権者の半分しか行かない場所と、ほぼ全員が行く場所。

この対比を見たとき、私はある問いが頭を離れなくなりました。

選挙には行かない人も、神社には行くのではないか。

もしそうだとしたら、それはなぜなのでしょうか。


政治は、本来「未来を変える場所」だった

本来、政治とは未来を変えるための仕組みです。

生活が苦しい。税金が高い。年金が不安だ。物価が上がる。

そうした問題を解決するために、私たちは代表者を選びます。

実際、物価や賃金の数字を見ると、暮らしの重さは数字にも表れています。厚生労働省の調査によれば、2024年の実質賃金は前年比0.2%減、3年連続のマイナスとなりました。名目の給与は上がっても、物価の上昇に追いついていないという状況が続いています。

だから選挙は単なるイベントではありません。社会の方向を決める仕組みのはずです。

ところが、いつ頃からでしょうか。

多くの人が「誰がやっても同じ」と言うようになりました。

政治に関心がないのではないと思います。関心を持った結果、期待しなくなった人もいるのではないでしょうか。


神社は問題を解決してくれない

私自身、税金や事業の問題で追い詰められた時期に、神社でただ手を合わせたことがあります。

何かが解決したわけではありません。でも、不思議と少し落ち着けた。

それがきっかけだったかもしれません。2年ほど前から、神社巡りを始めました。Instagramに写真を上げるようになり、行き先の目標もできて、気づけば楽しみになっていました。お金もほとんどかかりません。近くの美味しいものを目当てにしながら、神社をめぐる小旅行が、今では自分なりのペースになっています。

ただ、少し立ち止まって考えてみると、なぜ自分が神社に足を向けるようになったのか——そこには、もう少し複雑な気持ちがあったかもしれないとも思っています。

神社に行っても税金は下がりません。年金も増えません。物価も下がりません。

現実の問題は、何も解決しません。

それでも人は神社に行きます。なぜでしょうか。

私は、それが「安心」を求める行動だからではないかと思っています。

政治も制度も、結果を約束してくれません。実質賃金が3年続けて下がっても、年金の将来が見えなくても、日々の生活は続きます。

でも神社では、少なくとも静かな時間を過ごすことができます。祈ることができます。心を落ち着かせることができます。

問題は解決しなくても、不安を少し和らげることはできる。

だから人は足を運ぶのかもしれません。


神社そのものへの関心、その背景にあるもの

神社そのものへの関心が高まっている面もあるでしょう。歴史的な建造物として、地域の文化として、大切にされてきた場所でもあります。

ただ、その背景の一つに、「安心できる場所」が社会の中で少なくなっているという事情があるとしたら——そんな見方もできるかもしれません。

政治への信頼。将来への希望。地域社会とのつながり。

そうしたものが弱くなった結果、人々は静かな場所を求めている。

人々と安心をつなぐ橋が崩落している図解。政治・行政が安心を届けられないため、人々は祈りという迂回路を選ばざるを得ないことを示す。
政治・行政が「安心」を届けられないとき、人々は祈りという迂回路を選ぶのかもしれません。

昔の人も神社に行きました。だから神社参拝そのものは、決して珍しいことではありません。ただ、「安心できる場所」として神社が選ばれる理由が、以前とは少し変わってきているとしたら——そこには、社会の変化が映し出されているかもしれません。


「神頼み」という言葉の意味

雨の中で傘に集まる動物キャラクターたち。お金・将来・孤独という不安を表す図解。「彼らが弱くなったのではない。社会の雨(不安)が強くなったのだ」というメッセージ。

「神頼み」という言葉があります。

普通は少し否定的な意味で使われます。努力せずに願うこと。他力本願。そんな意味です。

でも私は最近、少し違う気がしています。

人は、本当に不安なときに祈ります。本当に先が見えないときに願います。

神頼みが増えているとしたら、それは人々が弱くなったからではなく、不安が大きくなったからなのかもしれません。

そしてその不安の一部は、政治や行政が「安心」を届けられていないことと、つながっているのではないでしょうか。


おわりに

選挙には行かない。でも神社には行く。

それは一見すると、不思議な行動に見えます。

しかし、その背景にあるのが社会への不信や将来への不安だとしたら、むしろ自然な行動なのかもしれません。

もちろん、神社に行くこと自体は悪いことではありません。私自身、神社巡りはすっかり生活の一部になっています。

ただ、神様に祈ることと、社会に期待することは、本来であれば両立できるはずのものだと思います。どちらかしか選べない状況こそが、問題の本質かもしれません。

安心して暮らせること。安心して祈れること。安心して未来を考えられること。

それを守るのが、政治や行政の役割ではないでしょうか。

神社に人が向かう時代だからこそ、私は思います。

人々が祈りに向かうことしかできないほど、不安に追い込まれない社会であってほしい。


出典

【初詣参拝者数(2009年)】
警察庁が公表していた集計では、2009年の正月三が日の初詣参拝者数は全国で約9,939万人とされていました。なお、警察庁は2010年以降この集計を終了しており、現在は公式統計として確認できる数字はありません。

【2024年衆議院議員総選挙 投票率】
投票率53.85%
参考:https://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin50/index.html

【実質賃金】
2024年実質賃金前年比0.2%減(3年連続マイナス)
参考:https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r06/24cp/dl/houdou24cp.pdf


この記事を書いた人

普段は年金や税金、政治や司法の話を真面目に調べています。その反動なのか、InstagramやYouTubeでは動物キャラやAIキャラクターを使った、ちょっと毒のあるショート動画やリールも作っています。記事では真面目に調べ、動画では少し笑える形にしています。難しい話を身近にするための、私なりのやり方です。

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